アクティブラーニングについて自ら考察してみる。 [教育問題]
姿勢が良くなると腰痛が改善される。
骨格のゆがみが矯正されると傷害が改善される等々。
以前までは、身体への物理的負荷が緩和されるからだと
考えていたが、これはおかしいことに気付き始めた。
大体、普通に考えて、骨格が少しずれたくらいで生じる負荷より
アメフトやってぶつかってる時の負荷の方がはるかにでかい。
ほんの小さな負荷が積み重なって、傷害に発展する前に
全身至る所が傷だらけなはずである。
だから最近は、ふとしたきっかけから体液の流れに
注目するようになった。
ヒトの体液の循環系は、血管系とリンパ系からなる・・・
云々の文言が飛び込んでくるので、
家にある参考書と学校にある教科書を
引っ張りだしてしばらく生物学を学ぶことにした。
姿勢が良くなると、本来の体液の循環が促進されるから、
腰痛などの症状が快方に向かう。
疲労物質で形成されるコリを指圧して分散させると、
一時的には身体は楽になるが、きちんと循環させて処理しないと
それは単にどぶ川のヘドロをかき回しただけに過ぎず、
時間が経てば症状が再発する。これが揉み返し。
などなど、体液の循環という視点で慢性的な身体の不調を
考察すると一本筋が通ってすっきりする。
ヒトの体内組成は年齢にもよるが、55~70%ということを
思い起こせば、局所的な視点より全身の流れに意識をむけること
の方が本質的なように思われる。
こういう動機付けから学習に臨む姿勢をアクティブラーニング
と言えばいいのか?
北斗神拳を覇権を握るために利用したのがラオウであれば、
医学のために活用したのがトキ。
スポーツに生かすのであれば、上記の通りであるし、
ウニの養殖したかったらウニの生態を猛烈に学習する
はずである。
学問はどのように学ぶのかという学習者の学びの方向性によって
伝えるべき内容の力点の置き方が全然違ってくるから、
指導者は、そういうところをきちんとわきまえろよ!!
ってのが、今の学校の先生に求められていること。
そして、昔とは違ってICT機材が充実してきているから、
画一的な知識の提供ではなくて個々の学び方を尊重した授業を
試行錯誤して何とか創り上げてみせよってのが現在の課題。
とりあえず、偽北斗神拳のアミバの如く
超不健康体の私の身体を恰好の木偶(デク)として、
実験台にしつつ、知識の定着を図る。
こういうのを生きた知識とか
知識の活用って言うのではなかろうか??
闘争心が教養を誘発し、教養が闘争心を持続させる・・・。